五龍神方位除けの神さま ~ 田無神社 (たなしじんじゃ) ~

 青龍・赤龍・白龍・黒龍・金龍の五龍神が、五行思想に基づきそれぞれの方位を守護しています。
   境内の南に赤龍、西に白龍、東に青龍、北に黒龍が配置されています。金龍は中央の本殿に祀られる尉殿大権現(じょうどのだいごんげん)だそうです。

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鎌倉時代後期の正応年間(1288~93:建長年間(1249~56)説もある)の創建と伝える。谷戸の宮山に鎮座し、尉殿大権現(じょうどのだいごんげん)と呼ばれ、ご祭神は龍神さまです。徳川家康(とくがわいえやす)が江戸幕府を開くにあたり、城・町建造のために大量の石灰(壁の材料)を必要としました。家康はそれを青梅(おうめ)の地に求め、青梅街道を開きます。その際に、肥沃(ひよく)な谷戸に住んでいた人々は、こぞって1㎞ほど南の青梅街道沿いに移住し、宿場町・田無を造営しました。人々は宮山に鎮座する尉殿大権現を、まず元和八年(1622)に上保谷に分祀、正保三年(1646)に宮山から田無(現在の地)に分祀し、寛文十年(1670)には、宮山に残っていた尉殿大権現の本宮そのものを田無にうつしました。さらに、尉殿大権現は明治五年(1872)に熊野神社、八幡神社を合祀し、田無神社と社名を改めました。その際に、主祭神・大国主命と須佐之男命(すさのおのみこと)、猿田彦命(さるたひこのみこと)、八街比古命(やちまたひこのみこと)、八街比売命(やちまたひめのみこと)、日本武尊命(やまとたけるのみこと)、大鳥大神(おおとりのおおかみ)、応神天皇(おうじんてんのう)を祀り、現在に至っています。


社格等:村社
主祭神:大国主命
神紋:
ご利益:厄除開運・五龍方位守護・病気平癒の守護神
花ごよみ:
住所:東京都西東京市田無町三丁目7番4号
拝観:年中無休。9:30~16:00
拝観料:境内拝観自由
電話:042-461-4442
URL:http://www.tanashijinja.or.jp/
アクセス:西武新宿線「田無駅」北口より徒歩6分



一の鳥居(いちのとりい)

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石畳階段(いしだたみかいだん)
江戸時代初期、田無神社遷座時に造られました。

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狛犬(こまいぬ)

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賀陽家屋敷稲荷神社(かやけやしきいなりじんじゃ)
備前岡山藩の藩医だった賀陽玄節(かやげんせつ)は諸国を医術修業のため巡っている途中、文政六年(1823)に田無村を訪れ、村の名主・下田半兵衛富永の説得により田無の村医となりました。その子・賀陽濟(かやわたる)も儒学者・安井息軒(やすいそっけん)やドイツの医師・シーボルトなどから学び、医学を修めました。後に賀陽濟は、田無神社初代宮司としてこの場所に屋敷を築きました。

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道祖神(どうそじん)
道祖神は、厄災が村に入らないように祈願し、子孫繁栄、縁結びなどを祈るために村の守り神として道の辻などに祀られていました。田無神社では、良縁結びの神様として祀っています。

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手水舎(てみずしゃ)

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二の鳥居(にのとりい)

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参集殿(さんしゅうでん)〔登録文化財〕
宮司宅で行われていた集会や結婚式の場として昭和十年(1935)に建立。

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和敬静寂の庭(わけいせいじゃくのにわ)
田無神社総代・海老沢孫次が平成二十二年(2010)天皇陛下宮中新嘗祭に御粟を御奉納する栄誉に浴したことから、庭を田無神社にご奉納されました。また、平成二十三年(2011)春、東日本大震災復興を祈念して、茶道裏千家の大宗匠 鵬雲斎 千玄室(だいそうしょう ほううんさい せんげんしつ)は和敬静寂の碑文を奉納されました。石碑奉納は、西東京市茶道華道文化協会と同協会の初代会長・折元宗和によるものです。

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龍神池(りゅうじんいけ)
ビオトープ(生物生息空間)。

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社殿(しゃでん)〔都指定文化財〕
主祭神・大国主命のほか、金龍神として顕現されている尉殿大権現(じょうどのだいごんげん:級津彦命(しなつひこのみこと)・級戸辺命(しなとべのみこと))、須佐之男命(すさのおのみこと)、猿田彦命(さるたひこのみこと)、八街比古命(やちまたひこのみこと)、八街比売命(やちまたひめのみこと)、日本武尊命(やまとたけるのみこと)、大鳥大神(おおとりのおおかみ)、応神天皇(おうじんてんのう)が祀られています。

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大黒・恵比寿さま(だいこく・えびすさま)
大黒様とも称される大国主命(おおくにぬしのみこと)は、素戔嗚尊(すさのおのみこと)の御子とも天之冬衣神(あめのふゆぎぬのかみ)の御子ともいわれています。水田や山林の開拓等、我が国の国土経営に努められ国造大神(くにつくりのおおかみ)と称せられ、後にあの世を司る神となりました。恵比寿様と同一視される少彦名命(すくなひこなのみこと)と共に畜産や医療にもお力を顕現されています。家内安全、病気平癒、身体安全、家畜守護の御利益があります。

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野分初稲荷神社(やぶそめいなりじんじゃ)
食物の神である宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)を祀る。「御饌津神」(みけつのかみ)とも呼ばれています。中世の頃から狐が稲荷神の眷属(けんぞく)であるとされる様になり、豊作を祈念する穀物の神であったが各種商業の発達に伴い、その御利益は農業に限らず殖産興業並びに商売繁盛、開運招福、屋敷の守護神など、多彩な性格を見せる様になりました。田無神社の野分初稲荷神社は室町時代からの永きに渡ってこの近辺で崇拝されて来た古社です。豊作祈願、各種商売繁盛、福運招来の御利益があります。

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稲荷の祠(いなりのほこら)
稲荷神社跡であり、現在は神様をお祀りしておりません。

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煩大人神社と鹽竈神社(わづらいうしじんじゃとしおがまじんじゃ)
煩大人神社は、煩大人神(わづらいうしのかみ)をお祀りする社です。伊耶那岐命(いざなぎのみこと)が黄泉国(よみのくに)から帰還して筑紫(つくし)の日向(ひゅうが)の橘小戸の阿波岐原(あはぎはら)で禊(みそぎ)をされた時、投げた衣から化生(かせい)しました。着ていた衣服は煩(わずら)わしさの象徴であり、煩大人神は本来厄病神の一柱に数えられるがお祀りする事で除災の神となりました。災い除けの御利益があります。鹽竈神社の祭神・塩土老翁神(しおつちのおじのかみ)は山幸彦(やまさちひこ)が海幸彦(うみさちひこ)の釣り針を無くし困っていた所に現れて助けた神とされる海の神さま。ほかにも神武天皇に大和の話を伝え東征にお導きになったとも記され、航海や遠征の守護神的な側面を持ちます。安産・虫封(むしふう)じの御利益があります。

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銘大鵬石碑(めいたいほうせきひ)
平成十三年(2001)に第四十八代横綱・大鵬幸喜(こうき)親方が奉納。碑文は大鵬親方による。この石碑は、親方の身長と同じ高さに設計されています。

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青龍神像と楠木正成像(くすのきまさしげぞう)
正成は、南北朝時代、後醍醐天皇の命を受けて挙兵し幕府と戦い、戦の神(いくさのかみ)と崇められました。その子孫が保谷に移り住み田無神社の分社である尉殿神社を守護した経緯から、いつしか田無神社の境内に石像が祀られる様になりました。戦に臨む兵士は武運長久を祈念し、石像の一部を砕いて持ちお守りとしたといわれています。

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日露戦役記念碑(にちろせんえききねんひ)
明治六年(1873)8月に田無村に真誠学舎(現・田無小学校)が開校されました。日露戦役記念碑裏面に、真誠学舎初代校長・刑部真琴(おさかべまこと)が刻んだ文字があります。刑部校長は日露戦争に出征した教え子全ての名前を刻み、その消息を後世に伝えました。また、田無小学校には刑部真琴の胸像があります。

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大鵬桜(たいほうざくら)
平成五年(1993)に土俵開きをした際に三本の桜を大鵬親方が植樹されました。この三本の桜の木を大鵬桜と名付けています。

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本土俵(ほんどひょう)
大鵬親方が平成五年(1993)に田無神社五穀豊穣祭を記念して開いた土俵です。大鵬親方は、平成十一年(1999)には田無神社崇敬会初代会長に、その後田無神社崇敬会名誉会長に推戴されました。また、平成十二年(2000)に還暦を迎えたことを機に、親方はこの土表を大鵬と命銘しました。

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神輿庫(しんよこ)
御神輿や嘉永三年(1850)制作の獅子頭〔市指定文化財〕などが納められています。

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神心の碑(かみこころのひ)
碑の中央に立ち、神の碑、心の碑に自身を映し出してお清めをします。平成七年(1995)の造立。

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撫龍(なでりゅう)
龍と玉を撫でて昇運を授かります。

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五龍御神木(ごりゅうごしんぼく)
黒龍木・白龍木・赤龍木・青龍木。

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御神木(ごしんぼく)〔市指定天然記念物〕
金龍木。銀杏の大木。毎年春にご神木が葉をつけると、境内の他の銀杏も葉をつけ始め、秋にご神木が落葉を始めると、他の銀杏も落葉を始めます。

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少彦名神社(すくなひこなじんじゃ)
神皇産霊神(かみむすびのかみ)の御子とされる少彦名神(すくなひこなのかみ)を祀る。輝く船に乗り、蛾(が)の皮を着た親指程の小さな神として大国主命の前に現れて共に国土の建設に尽力され、主に病気の治療に力を顕(あらわ)されたので医薬の祖神とされています。病気平癒、身体安全の御利益があります。

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舞殿(まいどの)

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弁天様(べんてんさま)
七福神の一柱である須勢理比売(すせりひめ)を祀る。元来は天竺(てんじく:インド)の神でしたが中世以降、海上安全の神である宗像三女神〔多紀理毘売命(たきりびめのみこと)・市寸島比売命(いちきしまひめのみこと)・多岐都比売命(たぎつひめのみこと)〕等の神々と習合して行き、神社で祀られるようになりました。知恵と技芸の神でしたが次第に「弁財天」と表記され財運を司る性格も加味されます。田無神社の弁才天は須佐之男命の妃・須勢理比売(すせりひめ)を祀る特殊な信仰形態を持ちます。語学・技芸の上達、財運向上の御利益があります。

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津島神社(つしまじんじゃ)
素戔嗚尊(すさのおのみこと)を祀る。『古事記』では黄泉の国から帰った伊耶那岐命(いざなぎのみこと)が禊祓(みそぎはらえ)で鼻をすすいだ時に産まれた神とされ『日本書紀』では伊耶那岐命と伊耶那美命(いざなみのみこと)の間に出来た御子とされています。櫛名田姫(くしなだひめ)を助ける為に八俣大蛇(やまたのおろち)を退治した英雄譚(えいゆうたん)は有名です。疫病除け、子供の守護、農神・家畜の守護の御利益があります。

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子育て親子岩(こそだておやこいわ)

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お育て犬(おそだていぬ)
木彫りの親子の犬の彫り物。

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【御朱印】
「田無神社」

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【境内図】
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この記事へのコメント

河上夏子
2020年01月16日 20:24
赤羽自然観察公園
2020年01月16日 20:25
岡千絵
2020年01月16日 20:26
羽田奈央

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