隅田川七福神の寿老人さま ~ 白髭神社(しらひげじんじゃ) ~

 隅田川七福神のうち寿老人を祀る神社としても知られていますが、これは江戸時代に隅田川七福神巡りがつくられた際、寿老人を祀る寺社がどうしても見つからず、白髭大明神はその名前から白い髭の老人を祀るのだろうと連想して当社に定められたという。
そのため、ここでは、寿老人ではなく、寿老神です。

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旧寺島村(現 東向島・墨田・堤通・京島・八広・押上)の鎮守。平安時代中期の天暦五年(951)、元三大師・良源(がんざんだいし・りょうげん)が白鬚神社(滋賀県高島市)の分霊をこの地に祀ったことにはじまる。蓮花寺(れんげじ)を別当とし、白鬚大明神と呼ばれていました。


旧社格:郷社
主祭神:猿田彦大神(さるたひこおおかみ)
神紋:
ご利益:方災除け、厄除けの神
札所:隅田川七福神(寿老人)
住所:東京都墨田区東向島3-5-2
拝観:年中無休。9:00~17:00
拝観料:境内拝観自由
電話:03-3611-2750
URL:http://shirahigejinja951.wixsite.com/shirahigejinja
アクセス:東武スカイツリーライン 東向島駅下車、徒歩10分



石柱門(せきちゅうもん)

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一の鳥居(とりい)

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蔵?

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石碑群(せきひぐん)

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 鷲津毅堂之碑(わしづきどうのひ)
三条実美(さんじょうさねとみ)てん額、厳谷一六(いわやいちろく)書による毅堂の伝記碑。毅堂は名を宣光(のりみつ)といい、幕末・明治初期に活躍した漢学者で、明治政府の官職を歴任し、明治十五年(1882)に司法権大書記官となったが、同年秋に58歳で没した。毅堂はまた、小説家・永井荷風(ながいかふう)の母方の祖父でもある。明治十六年の建立。

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 墨多三絶の碑(すみださんぜつのひ)〔区登録文化財〕
上州桐生(現・群馬県桐生市)の織物商で漢詩人の佐羽淡斎(さばたんさい)が墨堤(ぼくてい)の風景を詠んだ三連の絶句(四句から構成される漢詩)を刻んだ碑。漢詩の内容は、墨堤から隅田川を眺めた情景を絶句形式で描き、当時のすみだの風情を良く表しています。漢詩を淡斎が書き、篆額を幕末の三筆の一人である書家・巻菱湖(まきりょうこ)が、書を江戸四大家のひとり大窪詩仏(おおくぼしぶつ)が担当しています。裏面には推薦文が刻まれていますが、儒者の大家・亀田鵬斎(かめだほうさい)が題を書き、鵬斎の高弟・陶斎省吾(とうさいしょうご)が書を受け持った。また彫りは江戸随一とうたわれた廣瀬群鶴(ひろせぐんかく)とその子・群亀(ぐんき)。文政五年(1822)建立。

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 筆塚(ふでづか)
使いふるした筆を地に埋めて塚としたもので、中原耕張の句『つくつくし つめよ硯(すずり)の すみ田川』を添えています。

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 四世今日庵元風句碑
元風は本名を松本伊助といい、師一蛾につき、天保年間(1830~1844)に活躍した江戸の俳人。息子、盛義(小衰)による天保七年(1836)の建碑。

『こころほど こと葉のたらぬ さくらかな』

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 黒人塚(くろひとづか)
境内で一番の古碑で、寛政十二年(1800)の建碑。右面に『天やこの人を生み 天やこの人亡る この人阡人の玄 崑崙一人に選る倚る(原漢文)』、左面に『うつせみのうつつにしばしすみた川 渡りそはつるゆめのうきはし』と刻まれています。本名を北島玄二といい、玄の字が黒に通じることから黒人と号した。

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 天広丸之狂歌碑(あまのひろまるのきょうかひ)
江戸時代後期の狂歌師。上部に酒を表すとみられる標記があります。
『くむ酒は 是(これ) 風流の眼なり 月を見るにも 花を見るにも』(「狂歌酒百首」より)

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神楽殿(かぐらでん)

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岩瀬鴎所君之墓碑(いわせおうしょくんのぼひ)
江戸時代後期の幕臣で外交官。列強との折衝に尽力し、水野忠徳(みずのただのり)、小栗忠順(おぐりただまさ)と共に「幕末三俊(ばくまつさんしゅん)」と顕彰された。

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山玉向島講の碑(やまたまむこうじまこうのひ)〔区登録文化財〕
山玉向島講社は、かつて向島地域にあった富士講のひとつで、山玉深川元講の枝講だったと考えられています。石碑二基は、山玉向島講社が大正十一年(1922)に建立しました。

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白鬚神社縁起碑(しらひげじんじゃえんぎひ)
江戸時代の国学者・歌人・書家である加藤千蔭(かとうちかげ)の筆。



二の鳥居(にのとりい)

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手水舎(てみずしゃ)

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社殿(しゃでん)
主祭神・猿田彦大神(さるたひこおおかみ)のほか、相殿は天照大御神(あまてらすおおみかみ)、高皇産霊神(たかみむすびのかみ)、神皇産霊神(かんみむすひのかみ)、大宮能売神(おおみやのめのかみ)、豊由気大神(とよゆけのおおかみ)、そして、明治四十年(1907)氏子内の諏訪神社より合祀された健御名方神(たけみなかたのかみ)を祀る。平成二年(1990)不審火により全焼、平成四年(1992)に再建。

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狛犬(こまいぬ)〔区登録文化財〕
山谷(さんや)の料亭八百善として有名な八百屋善四郎(やおやぜんしろう)、吉原の楼主(ろうしゅ)の松葉屋半左衛門(まつばやはんざえもん)が、文化十二年(1815)に奉納した狛犬。

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三峯社・水神社(みつみねしゃ・すいじんしゃ)
合祀社。

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諏訪神社(すわじんじゃ)

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神輿庫(しんよこ)

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【御朱印】
「白髭神社」

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