ギヤマンの神門 ~ 尾山神社(おやまじんじゃ)  ~

 鳥居の奥に、竜宮城の門のような建物。神門(しんもん)というそうです。
いくつかの神社でも、楼門や勅使門などがありますが、和漢洋折衷の門は珍しい。
昔は、灯台としても使っていたそうで、昨晩、訪れた際は、最上段のギヤマン(ガラス)張りの窓が輝いていました。

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江戸時代後期から明治時代初期に流行した藩祖を祀った神社のひとつ。主祭神は、加賀藩の藩祖・前田利家(まえだ としいえ)で、創建は明治六年(1873)。

旧社格:別格官幣社、別表神社
主祭神:加賀藩の藩祖 前田利家(まえだとしいえ)
住所:石川県金沢市尾山町11-1
拝観:境内自由。9:00~17:00
拝観料:無料。(但し、ご祈祷拝受は有料)
電話:076-231-7210
URL:http://www.oyama-jinja.or.jp/
アクセス:JR北陸本線金沢駅より北陸鉄道グループバス「香林坊」方面行き乗車「南町」バス停下車、徒歩5分。



神門(しんもん)〔重要文化財〕
明治八年(1875)の建築で、和漢洋の三様式を混用した異色の門として全国に知られ、兼六園と共に金沢市のシンボルとなっているそうです。第一層には戸室石(とむろいし:角閃安山岩(かくせんせきあんざんがん))を用いており、第三層は四面五彩のギヤマン張りで、もとは御神灯が点灯され、その放つ光は金沢の街を照らし、遠く日本海を航行する船の目標となっていました。なお第三層目に設置された避雷針は、日本最古のもの。加賀(石川県)出身の大工棟梁(とうりょう)・津田吉之助(つだきちのすけ)が設計・造営に携わりました。

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拝殿(はいでん)
入母屋造屋根瓦葺。中央天井は格天井作りで各間毎に岩絵具による極彩色のうどんげの花が美しく描かれています。欄間(らんま)は約八寸厚の欅(けやき)の一枚板に見事な梅花紋を透彫(すかしぼり)にし、極彩色の華麗な彫刻です。ともに、旧金谷御殿から移築したもの。

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利家公像
織田信長(おだのぶなが)に仕え青年時代は赤母衣衆(あかほろしゅう)として従軍しました。槍の名手だったため、「槍の又左(やりのまたざ)」の異名をもって敵軍に怖れられました。母衣(ほろ)は、流れ矢を防ぐために、鎧の背にかけた布のことを言います。

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利家公金鯰尾兜(きんなまずおのかぶと)
前田利家の兜、鯰尾兜のレプリカ像。表面は金色、名前の通り、鯰の尾のように縦に長い。元々は前田利家像の頭にあったが、こちらに移設されたそうです。

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お松の方座像
前田利家公の正室で、学問や武芸をたしなむ才能豊かな女性であったと伝えられています。実母が利家公の母の姉で利家公とは従兄関係であり、利家公亡き跡は、芳春院(ほうしゅんいん)と号しました。

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摂社 金谷神社(かなやじんじゃ)
二代藩主・前田利長(としなが)をはじめ三代から十七代までの藩主、当主と正室(夫人)をお祀りしています。

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さし石(力石(ちからいし))
旧藩主前田家よりの拝領石(はいりょうせき)。若衆(わかしゅう)たちがこの石を担(かつ)いで、力と技を競います。

 力の源となる健康を願い、この石に触れ、あやかろうとする人は多いようです。

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神苑(しんえん)〔県指定名勝〕
旧金谷御殿の庭園であって、古代舞楽の楽器を模した地泉廻遊式の名園です。神苑の水は、三代藩主・年常(としつね)の命により完成した辰巳用水(たつみようすい)の水を高低差を利用して、兼六園から暗渠(あんきょ:地下水路)で導き、響遠瀑(きょうおんばく)から落としていました。現在は、当時の水路が断絶したので、井戸を掘り地下水を池に流しています。ちなみに、尾山神社の境内地は神社の建てられた明治六年(1873)以前は、加賀藩主の別邸金谷御殿のあったところです。

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東神門(ひがししんもん)
旧金沢城の二の丸の唐門で、明治三年(1870)以来、旧卯辰山招魂神社(うたつやましょうこんじんじゃ)前にあったものを、昭和三十八年(1963)に当社境内地に移築しました。金沢城は、たびたび火災にあい、そのほとんどが焼失しましたが、この門は幸い難をのがれたのは、唐門の二匹の竜が水を呼んだためと言い伝えられています。

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【御朱印】

「尾山神社(おやまじんじゃ) 」

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【境内図】

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